安彦良和監督のロングインタビュー、そしてスタッフ・関係者の発言を交えながら、劇場アニメ『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』のメイキングに迫る書籍「安彦良和 マイ・バック・ページズ 『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』編」が現在発売中だ。本書を通して改めて作品と向き合うことになった安彦さんは、現在どんな思いを抱いているのか。本書の構成・執筆を担当したライター・石井誠さんと共にお話をうかがった。――本書は安彦さんの書籍「マイ・バック・ページズ」の姉妹編になります。前著発売後に周りから何か反響はありましたか。安彦 周りの人から「読みました」と言ってもらえましたけれど、その中でも一番驚いたのは僕の三番目の姉です。ずっと農家をやっていて、アニメの知識なんかまったくない人なんですよ。「読んでもわからないだろう?」と言ったら「わからないけど、いっぱい仕事してきたんだな」って。
――それが伝わっただけでもまとめた甲斐がありましたね。安彦さんの「これまで」を語った前著に続く本書は、安彦さんの「現在」を語る一冊になりました。石井 企画の始まりは、雑誌「CONTINUE」での短期インタビュー連載なんですよ。
安彦 前のは2年くらい話したものをまとめていたから、最初は「こんなボリュームで本なんてできるの?」と思いました。でも、今回はスタッフの皆さんも語ってくれているので楽ができましてね(笑)、どんなこと言われるのか心配でしたけれど。
――石井さんは連載時、書籍化前提で動いていたんですか。石井 いえ、まったく。安彦さんのインタビューは『ククルス・ドアンの島』の応援のつもりで3回連載させていただいたんですが、アニメージュプラスを含む他の媒体でも同作に関する取材原稿を書かせて頂いていたので、それらをまとめればテキストメインでの『ククルス・ドアンの島』メイキング本ができるのではないか、と思って企画提案したんです。
――本書のための追加取材もされたんですよね。石井 はい、本来ですとメインスタッフ全員にお話を伺いたかったのですが、スケジュールなどいろんな事情から取材対象者をグッと絞って進めさせていただきました。
スタジオ側の意見は入れたかったので、エグゼクティブプロデューサーであるサンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)の小形尚弘さん、『THE ORIGIN』の頃からのスタッフである現場プロデューサーの福嶋大策さん、あと副監督のイム ガヒさんに追加でお話をうかがいました。
安彦 イムさん、(スタッフ間でも)すごい人気なんだよね。ファンクラブができるんじゃないかという勢いじゃないですか?(笑)
石井 イムさんの話は、確かにあちこちで盛り上がりました。
――追加取材時の印象的なエピソードなどはありましたか。石井 はい。安彦さんの二回目の追加取材の際にご自宅に伺うと、劇場用バナーのイラストを描いて徹夜された後だったんですよ。明らかに疲れているのがわかったので、その日はあまり深堀りできなかったんですが、あれは珍しい出来事でしたね。
安彦 若い頃から「徹夜をしない」というのが僕のポリシーとしてあるんですけれど、ちゃんと色設定を確認していなかったのがいけなかった。
石井 ドアンのスーツの色ですよね。
安彦 そう、一旦まとめた後で「間違えた!」と思って夜を徹して塗り直したんですが……後で確認したら、最初の色が正解だったんだよね(笑)。
石井 でもあの日、僕らの取材の前が詰まっていて安彦さんの仕事部屋で待機することになって、中でそのイラストが乾かしてあったんですよ。イラストの初めての目撃者になって、すごく興奮しました。
安彦 色を間違えていること、今のところ誰からもクレームが来ていないんだよ。適当にしていても大丈夫なものなんだねぇ(笑)。
――イラストの迫力に呑まれているからだと思いますよ(笑)。さておき、本書は様々な関係者の発言を織り交ぜながらも非常に読みやすい内容になっていますが、構成作業は大変だったんじゃないですか。石井 前の本は人物ドキュメンタリーでしたので、今回は「作品のドキュメンタリー」にすれば読みやすくなるかな、と思いました。ただ頭の中だけではさすがにまとめきれなくて、各テキストをプリントアウトして細かくチェックして、「この発言はここに繋がる」みたいなパズルをはめていくような形で進めていきました。
安彦 アニメの関連本で、こういうテキストベースのものは珍しいんじゃないの?
石井 「バトル・オブ・ブラジル 『未来世紀ブラジル』ハリウッドに戦いを挑む」(ジャック・マシューズ)、あと「メイキング・オブ・ブレードランナー」(ポール・M・サモン)という書籍がありまして、これらは作品のメイキング、あと制作~公開に至るまでの様々な確執を描いたドキュメントで、作品ができるまでに起こる様々なドラマを自分もいつか書いてみたい、という思いがあったんですね。こんなに適した素材が身近にあるという機会もめったにありませんし、今回こういう形式で挑戦させていただきました。
安彦 この本もいろんな確執があったほうが面白かったんだろうねえ。
石井 残念ながら、これが全然なかったんですよ(笑)。
安彦 皆で俺を労わってくれた感じだよね、まるで老人ホームの慰問のような(一同笑)。
――いやいや、それも安彦さんが中心にいればこそ、ですよね?石井 そうなんですよ。皆さんのお話を伺っていて「安彦さんの絵を活かすために自分たちはこう努力してきた」ということが伝わってきましたし、自分としてもそのリスペクトを記録したかったんですよね。
安彦 みんな「安彦さんの絵」「安彦さんの線」とかしきりに言ってくれるけど、それって何なの? 俺は自分でさっぱりわからないし、そこまでややこしいことは考えてないんだけれど(苦笑)。
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