――30時間以上の取材を重ねたということですが、取材時の印象的なエピソードなどありますか。石井 個人的には「この事案はアンタッチャブルなのかな」と思っていたものがいくつかあったんですよ。例えば、個人的に安彦さんが書いた小説『蒼い人の伝説(サーガ)』のアニメ化企画がずっと気になっていたんですが、当時のアニメ誌で一度情報を見たっきり一切何も出てこなかったので「これは何かあったのでは……」と思って、それについて聞く時は緊張しました。
安彦 そこは割にあっけらかんと喋りましたね、(アニメ化企画は)誰も知らない話だと思っていたから。
石井 あとデリケートだったのは『THE ORIGIN』かな。
――この本で初めて「一年戦争編」のアニメ化企画が動いていた話を知る人も多いんじゃないでしょうか。安彦 紆余曲折を経て、最終的になくなっちゃいましたね。
――その辺りの詳細は、ぜひ本で読んでいただきましょう。さて、石井さんとしては、今回の取材での個人的な狙いはありましたか。石井 『ヴイナス戦記』で安彦さんがアニメから離れた理由、あとマンガのお仕事に関してしっかり記すことです。特に安彦さんのマンガについては、これまで各作品が単独で紹介されることがあっても、古代史・西洋史・近代史の作品の関係性や連続性に関して語られる機会がなかったんですね。そこはこの機会で掘り下げたかったんです。
安彦 確かにこういう機会はなかったなァ。
――石井さんの取材を受けていて、安彦さんの中で何か気づきなどはありましたか。安彦 いろいろ話をしたり、この本の表紙を描く中で「俺もいろんな仕事をしてきたんだな」と思いつつも、実は手を変え品を変えて同じようなテーマをずっと追っかけていたんだな、と思いました。例えば『アリオン』と古代史シリーズもある意味繋がっていますし、まあ飽きもせずね。
――ああ、僕も読んで、まさにそんな印象を受けました。安彦 多作じゃないっていうのもあるかもしれませんけどね。有名な話で手塚治虫先生が「アイディアが湧いて湧いて描ききれないんだ」みたいなことをおっしゃっていましたけれど、俺は描いている間に「そういえば、あれを描いてなかったな」みたいな感じでアイディアを思いつくことが多いかな。まあ、芸域が狭いんですよ。
――狭いのではなく、ひとつのテーマについて角度を変えながら深堀りしている、という考え方もできるのでは?石井 今回の取材に当たって、マンガ作品を発表順の時系列で読み直してみたんですけれど、自分もそういう印象を持ちました。作品同士にある種の繋がり、一貫性を感じましたね。
安彦 これは主に富野(由悠季)氏に対するリスペクトですけれど、『ガンダム』という作品にも、『THE ORIGIN』をやっている時にそれをとても感じられた。そういうのは嫌いじゃないし、自分の物書きの姿勢や道筋が示されるのは嬉しい面もあるよね。相も変わらず、ってことなんだろうけど、一貫性があるという肯定もできるわけで。
石井 そういう意味では、この仕事で一番大変だったのは、作品の背景や歴史、それが描かれている意図を調べなければいけなかったことですね(笑)。取材の度に猛勉強しましたから。
安彦 そういうのがあるから、インタビューの聞き手っていうのは大変だよねぇ。
石井 それ、取材中もずって言って頂いて、恐縮していました(笑)。